レガートがうまく続かない。フレーズが途中で細切れになる。クレッシェンドをかけると、頂点に着く前に音量を使い切ってしまう。
レッスンでよく出会う悩みですが、原因は指や腕の使い方だけとは限りません。フレーズがどこへ向かい、どこで終わるのかを決めないまま、弾き始めていることが多いのです。
留学時代の師ジャック・ルヴィエには、「フレーズの終わりまで考えなさい」とよく言われたものです。
前回は、弾く前に鳴らしたい音を聴くことがテーマでした。今回はその先、音をどうつなげてフレーズにしていくか。弾き始める前に、終わりまでを見通しておくことについてお話しします。
フレーズは、弾き始める前に計画する
ルヴィエの師でもあったジャン・ファシナは、『若いピアニストへの手紙』の中で、フレーズの組み立てについてこう述べています。
「フレーズを組み立てるには、そのフレーズのあいだ必要になる息の量を見積もっておく必要がある」 (ジャン・ファシナ『若いピアニストへの手紙』江原郊子・栗原詩子訳、音楽之友社、64頁)
始まりの音から頂点を経て、最後の音まで。フレーズ全体でどれだけの息が要るのかを先に見積もり、それをどこに配分するかを考えておく、ということです。
ルヴィエの「終わりまで考えなさい」も、きっと同じことだったのだと思います。終わりが見えていなければ、目の前の音を一つずつ追いかけるしかありません。そうしているうちに、途中で息が続かなくなってしまいます。
音を並べるだけになるのはなぜか
フレーズの中の音は、どれも同じ重さを持っているわけではありません。フレーズを支える大事な音があり、その間をつなぎながら通り過ぎていく音があります。
この区別がないと、どの音も同じように並んでしまいます。楽譜の強弱記号を守っていても、それだけでは音楽は平らになりがちです。ファシナも、pやfの指示に従うだけの演奏は単調になると指摘しています。
向かう先が分からないまま弾けば、一つ一つの音はばらばらになります。レガートが続かない、フレーズが細切れになるという悩みは、ここから生まれることも少なくありません。
もちろん、腕の動きが止まっているせいで音がつながらない場合もあります。身体の使い方については、以前の「指だけで弾かない」の回をご覧ください。ただ、身体が自由に動いていても、向かう先が決まっていなければ、フレーズはつながっていかないのです。
頂点はどこか、軽く分析して決める
では、フレーズの頂点はどう見つければよいのでしょうか。
いちばんの手がかりは、メロディーの音の高さです。ファシナは、鍵盤を横に並んだものではなく、縦に立てたはしごのように捉えるよう勧めています。上がっていくときには張りつめ、下がっていくときにはゆるんでいく。はしごを登るときと降りるときの違いを思い浮かべると、分かりやすいかもしれません。
もう一つの手がかりは和声です。軽く分析してみて、強い和音、特にドミナント(属和音)が置かれているところは、頂点の候補になります。メロディーの最高音と和声の緊張が重なるところなら、迷わず頂点と考えてよいでしょう。
レッスンでは、生徒さんがいま取り組んでいる曲を使って、どこが頂点なのかを一緒に探します。細かい分析まで行う必要はありません。メロディーの動きと和声の流れから、このフレーズがどこへ向かい、どこで終わるのかを確かめる。それだけでも、弾き方は変わってきます。
クレッシェンドが早すぎるとき
頂点が決まったら、そこから逆算してクレッシェンドを配分します。
クレッシェンドが早すぎるときは、たいてい始まってすぐに音量を上げています。そのため頂点に着く前に余裕がなくなり、最後は押すしかなくなってしまいます。
クレッシェンドは、終盤に向かうほど増え方が大きくなる方が効果的です。前半はわずかに、頂点が近づくにつれて大きく。増やし方を後半に寄せると、頂点がはっきりと聴こえてきます。
もう一つ気をつけたいのが、クレッシェンドを力で作らないことです。ファシナは、筋肉の力だけで作るクレッシェンドを「骨っ節クレッシェンド」と呼び、音を押しつぶしてしまうと戒めています。
音量を上げたいときこそ、力を加えるのではなく、身体の使い方を変える。前々回の「音量を増やす=力を増やす、ではない」とも通じる話です。
同じ音が続くところ
フレーズの中で、同じ音が何度も繰り返されることがあります。
ファシナによれば、同じ音を毎回同じ強さで鳴らすと、音楽は単調になってしまいます。例に挙げられているのは、ショパンの《幻想ポロネーズ》や《バラード第2番》です。
同じ高さの音でも、フレーズの中での役割はそれぞれ違います。強拍にあるのか、頂点へ向かう途中なのか、頂点を過ぎたあとなのか。その位置に応じて、音の強さや響きを変えていきます。
同じ音が並ぶところこそ、フレーズ全体の流れが問われるのです。
歌って確かめる
頂点と終わりが見えてきたら、声に出して歌ってみてください。フレーズがどこへ向かい、どこで収まるのかを、身体で感じやすくなります。前回お話しした、鳴らしたい音を自分の中で聴くことにもつながります。
ただ、ピアノのフレーズは歌の息の長さに縛られません。実際に息継ぎをする必要がないので、フレーズはいくらでも長く伸ばすことができます。ラフマニノフの長大なフレーズは、その典型でしょう。
ですから、歌うときにどこで息を吸うかを厳密に決める必要はありません。大切なのは、フレーズの方向と頂点、そして終わりを感じ取ることです。
終わりを決めてから、弾き始める
弾き始める前に、頂点と終わりを決めておく。メロディーの高さと和声を手がかりに頂点を探し、そこへ向けてクレッシェンドを配分する。同じ音が続くところでも、フレーズの中での役割を考える。そして、歌って方向を確かめる。
「フレーズの終わりまで考えて」と言われたら、目の前の音だけでなく、その先にある最後の音まで意識を向けてみてください。終わりが見えていれば、途中の音のつながり方も自然と変わってきます。
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